躊躇なく被疑者を殴り、同僚にカネを低利で貸し付けて飼いならし、暴力団や中国マフィアと手を結ぶ―。その美貌からは想像もつかない手法で数々の難事件を解決してきた警視庁上野署組織犯罪対策課の八神瑛子が、外国人技能実習生の犯罪に直面する。日本の企業で使い捨ての境遇を受けたベトナム人とネパール人が、暴力団から七千万円を奪ったのだ。だが、瑛子は夫を殺した犯人を突き止めて以来、刑事としての目的を見失っていた。そんな彼女に監察の手が伸びる。刑事生命が絶たれる危機。それでも瑛子は事件の闇を暴くことができるのか。「このまま、お前も堕ちていくのか?」(「BOOK」データベースより), これまでの本シリーズ作品とは異なり、本作からは若干の社会性を持った内容となっています。, まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。, 「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。, この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。, どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。, そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこのシリーズは終了したものと思っていました。, ところが、軽い社会性を持った作品として再開したのです。それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。, そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。, 勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことですが。, それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。, ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。, とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。, 女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。, どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。, 本書では富永署長の存在感がどんどん増してきています。八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。, また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。. 『インジョーカー 組織犯罪対策課八神瑛子』 | Sammyおばさんのひとり言, 深町秋生さんの『インジョーカー    組織犯罪対策課    八神瑛子』読みました。, このシリーズは『アウトバーン』から読んでますが、『インジョーカー』とは、身内のなかの切れ者って云う意味ですかね。, この中では、八神のライバル甲斐を殺したヤクザ側のジョーカーか、身内のヒトイチ(人事一課)の事か解りませんが、私は監察だと思います。, 今回、最後に監察側の須藤が八神を助けに行ったのは、彼の入院中の父親の姿があったからだと思います。, 彼の父親も警察官で、上司から命令されても、架空の領収書に判子を押さなかった正義の人だから・・・, 認知症になっても、その場面で苦しんでる父親を見て、彼とは正反対に出世してきた息子にも、警察官の心が残っていたと信じたいです。, 須藤も自宅から片道二時間半もかかる部署に飛ばされましたが、警察官の良心を取り戻したみたいで、ぜひ今度犯罪の少なそうなあきる野市で起きた凶悪事件に、八神と一緒になって捜査してほしいなぁ?, 八神の心の拠り所だった甲斐がなくなって、彼女はこれから大丈夫かなぁとも想うけど、たぶん大丈夫でしょう。. 深町 秋生『インジョーカー 組織犯罪対策課 八神瑛子』の感想・レビュー一覧です。電子書籍版の無料試し読みあり。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。 スーサイドスクワッドのジョーカーを紹介!俳優やハーレイクインとの関係は? dcコミックスを実写化し、全世界興行収入7億ドル越えの大ヒット映画、「スーサイドスクワッド」に登場するジョーカーについてのまとめ記事です。 "がアーサーのセリフです。「お前にファッキング値するものを受け取れ!」というところでしょうか。, 至近距離からマレーの頭に銃弾を撃ち込み、アーサーは返り血を浴びています。激しく貧乏ゆすりをしているのは興奮している現れでしょうか。, ここで放送が打ち切られます。最後にアーサーが言おうとしたのは、「これが人生(That's Life)」だったでしょう。, 各チャンネルは一斉に、生放送中のマレーの殺害とアーサーの逮捕のニュースを流します。, …父親のように崇拝していたからこそ、でしょうね。父親になってもらえないなら、殺すしかない。, マレー殺しは本作のクライマックスですが、「バットマンのジョーカー」としては、まるでらしくない殺人だと思います。, 例えば上記の「ダークナイト・リターンズ」では、ジョーカーは司会者もゲストも観客もまとめて、スタジオにいる数十人を皆殺しにしています。, そういう「意味のない残虐犯罪」が「バットマンのジョーカー」らしい犯罪でしょうね。本作のマレー殺しは、「笑い者にされたから殺した」「尊敬していたのに、失望したから殺した」「愛していたのに、報われないから殺した」極めてオーソドックスな動機に基づく「とっさの犯行」です。, それ以前の犯行も全部同じですね。「サラリーマンたち:暴行されたから殺した」「ランドル:クビになった怨みで殺した」「ペニー:幼少時に虐待したから殺した」すべて(共感できるかはさておき)、人間的な動機に基づく犯行です。, やっぱり、徹頭徹尾、本作のジョーカーはいわゆるアメコミ世界のジョーカーとは別物なんだと思います。服装が出来上がって、見た目はジョーカーになりきってるけど、それで殺人も犯したけれど、彼は全然ヴィランではない。, あくまでも、人間。人間アーサーの、心理的な彷徨の果てに辿り着いた突発的な出来事として描かれたのが、本作のマレー殺しです。, もし仮に、マレーが優しくアーサーを抱きしめてやっていたら……アーサーの妄想の中のように、「君が息子だったら名声も捨てる」と言ってくれたら、アーサーはマレーを殺したりはしなかったでしょう。…そんなことはあり得ないけど。, 父親になって欲しかったマレーに完全に否定されたので、アーサーはマレーを殺しました。悲しみと、怒りのあまりの衝動的な行動として。, 母親殺しの次に、父親を殺したのがマレー殺しでした。ということは、もう一人の「父親候補」であるトーマス・ウェインも、アーサーは殺していておかしくなかったことになります。, 彼がトーマスを殺さなかったのはたまたま…でしょうか。劇場のトイレで殺さなかったのは…。, どことなく、上院議員を殺すはずだったけど殺せず、ポン引きを殺してヒーローになった「タクシードライバー」のトラヴィスを思い出します。, ただ、その後で……おそらく妄想の中で……アーサーはトーマスを殺すことになります。ピエロの仮面の暴漢という姿を借りて。, ところで、このマレー・フランクリン・ショーのシークエンスはいったい現実でしょうか、妄想でしょうか。, しかし、いくつものシーンの中でも、アーサーが人気テレビ番組のゲストに招かれるというのは、それらの中でも飛び抜けて嘘っぽい……いかにも、アーサーの妄想臭く見えるというのがあります。, 何しろ、これはアーサーが日頃夢見ていた願望そのものですからね。そんな都合のいい話は、ないはず。, 仮に、マレー・フランクリン・ショーを妄想と考えて、それ以外のことをほぼ現実と考えるなら(ソフィーのことは除いて)。, アーサーは母親を殺し、その数日後にランドルを殺して、警察から逃げ出し……切れずにどこかで逮捕されて、パトカーに乗せられ護送される。そこで次の「ホワイト・ルーム」のシーンにつながることになります。, 例えば仮に拳銃が妄想で、地下鉄殺人が存在しなかったとしても、上記の流れはつながることになります。, 夜の街には暴動が起こり、ピエロの仮面の男たちが暴れ、あちこちで炎が上がっています。アーサーは後部座席の窓から、うっとりとそれを眺めています。, 車の窓越しに夜の街の灯りを眺めるアーサーは、これも「タクシードライバー」のトラヴィスを連想させます。, クリームはエリック・クラプトン、ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースの3人による1966年結成のロック・トリオです。1968年には早くも解散して、クラプトンは次の(ブラインド・フェイスやデレク・アンド・ドミノスなどの)活動に移っていきます。, 「ホワイト・ルーム」は1968年のアルバム「Wheels of Fire/クリームの素晴らしき世界」の収録曲。ジャック・ブルース作曲、歌詞は詩人のピート・ブラウン。, In the white room with black curtains near the station, Blackroof country, no gold pavements, tired starlings, Silver horses ran down moonbeams in your dark eyes, Dawnlight smiles on you leaving, my contentment, I'll wait in this place where the sun never shines, Wait in this place where the shadows run from themselves, 燃え上がるニューヨークにぴったりのイメージですが、「白い部屋」というタイトルを額面通りに受け取れば、アーサーが最終的に閉じ込められる「白い部屋」を思い出してしまいます。, 「白い部屋の中」というフレーズから、少しずつ言葉を増やして、イメージを豊かにしていくのは、ずっと白い部屋の中にとどまり続けながら、想像力で世界を紡ぎ出していく妄想症患者を思わせなくもない…です。, この事故現場では、背景に”Ace in the Hole"というネオンサインが目立ちます。これはポルノシアターであるようですが、DC世界ではテレビシリーズ「バットマン・フューチャー(Batman Beyond)」(1999-2001)でこのタイトルのエピソードがあります。シーズン3の第4話です。, また、「ダークナイト」では(ヒース・レジャーの)ジョーカーが、ハービー・デントを「穴の中のエース(Ace in the Hole)」と呼んでいます。, ピエロ姿の男たちが横転したパトカーに近づいて、失神したアーサーを引きずり出します。, その一方で、通りに面した映画館が映し出されます。そのビルボードには「BLOW OUT」と「ZORRO THE GAY BLADE」のタイトルが見えます。, 「BLOW OUT」は邦題「ミッドナイトクロス」。ブライアン・デ・パルマ監督、ジョン・トラボルタ主演の犯罪サスペンス映画です。アメリカでの公開は1981年7月21日。, 音響効果マンである主人公が、偶然録音した犯罪の証拠をめぐって、犯罪組織との攻防を繰り広げます。デ・パルマ作品の中でもカルト人気の高い作品です。, 「ZORRO, THE GAY BLADE」は邦題「ゾロ」。ピーター・メダック監督、ジョージ・ハミルトン主演の映画で、アメリカでは1981年7月17日に公開されています。, これはいわゆる「怪傑ゾロ」ものの映画です。元はといえば1919年に発表された小説で、1920年にダグラス・フェアバンクス主演の映画が大人気になりました。, スペイン領メキシコを舞台に、仮面の剣士ゾロの活躍を描きます。賞金首のお尋ね者でありながら、弱者の味方である紳士。現れた後には、壁にサーベルで「Z」の文字を残します。, 原作コミックのヒントとなっただけでなく、コミックの中でも「ゾロ」を観に行った帰りに両親が殺されるという悲劇がバットマンの誕生譚として描かれることになります。コミックのルーツと同様、劇中でもブルースはゾロをヒントにしてバットマンを生み出します。, 「怪傑ゾロ」は何しろ人気キャラだったみたいで、1920年の「奇傑ゾロ(The Mask Of Zorro)」を皮切りに、1959年代までに7作品が作られています。, その後、やや下火になりますが、1975年に「アラン・ドロンのゾロ」、本作に登場した1981年の「ゾロ」、更にアントニオ・バンデラス主演の1998年の「マスク・オブ・ゾロ」、その続編である2005年の「レジェンド・オブ・ゾロ」と、定期的に新作が作られ続けています。, 暴動を受けて、この映画館からも人々が続々と逃げ出しています。トーマス・ウェイン夫妻とブルース少年も、その中にいました。彼らは裏通りへ逃げていき、そこでピエロマスクの男に襲撃されることになります。, ブルース少年の目の前で、父トーマス・ウェインと母マーサが行きずりの強盗に撃ち殺される…という悲劇は、「バットマン」の物語の発端となる重要エピソードとして、これまでの映画でも繰り返し描かれています。, 「バットマン」(1989)では、ジョーカーがブルースの両親を殺した張本人だったことが判明します。, 「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」(2016)でも、裏通りの悲劇はきっちり描かれてブルースのトラウマになっています。, というわけで、表通りでジョーカーが華々しく誕生している一方で、裏通りで密かにバットマンが誕生している…というシーンになっています。, ところで、このシークエンスの間、アーサーは気を失っています。このシークエンスそのものが、混沌としたアーサーの意識の中の出来事であるという可能性があります。, アーサーはパトカーの上で目覚め、その上で立ち上がります。暴動の参加者たちが彼を取り巻き、ヒーローのように讃えます。, ジョーカーを取り囲み仰ぎみるピエロマスクの男たち…は後の映画での「ジョーカー一味」を連想させますが、ここではまだそんな関係ではない。アーサーはただ祀り上げられているだけに過ぎません。, 血を口の左右に塗り広げて、彼はハッピー・フェイスを作ります。冒頭の、指で口角を押し上げる場面と呼応したシーンです。, ヒース・レジャーのジョーカーにも似た、つり上がった「笑顔」を持つジョーカーの顔がここに完成します。, 「バットマンのジョーカー」を前提に考えるなら、彼はここに爆誕しここで周りに集ったピエロの仮面の男たちを手下として、これ以降ゴッサム・シティを恐怖に陥れる悪の帝王として君臨していく…ということになります。, バットマンの時代がやってくるのはまだ10年以上先で、ジョーカーはそれまで一人寂しく悪を行うことになりそうですが。, そういう物語……なんですが、それはもはやアーサーとは関係ない存在と言えそうです。手下を引き連れて(個人的な理由でなく)社会的な悪を行なうなんて、ここまで見てきたアーサーとはまるで接点がないように見えます。, 「心を病んだ孤独な男」が「悪の帝王」になって人々の喝采を浴びたりして…というジョーク。, というわけで、現実のアーサーは緑の髪でも白塗りでもハッピーフェイスでもなく、精神病院の面接室にいて、ソーシャルワーカーと向かい合っています。, アーサーは、トーマス・ウェイン夫妻が殺され、ブルースが取り残されるシーンのビジョンを見ます。, 「ジョークを思いついた」とアーサーは言います。つまり、このシーンもアーサーが思いついたジョークであるということですね。, 「目の前で両親を殺された孤独な少年」が長じて「コウモリ男」になって、悪の帝王と戦ったりして…というジョーク。, みんなが知っているバットマンの物語は、アーサー・フレックという心を病んだ孤独な男が、白い部屋で思いついたジョークだった!ということになります。, それが、僕らの知ってるバットマンの物語のことかどうかはともかくとしてね。このアーサーの世界、1981年なのにバットマンのコミックが存在しないらしい世界では、そうだということです。, ある意味で、彼はその夢を叶えているのだと思うんですよ。「面白い物語(ジョーク)」を思いついて、それを彼自身の内面というシアターで上映する。そういうことができるようになったわけだから。, 面白いジョークの世界に生きていれば……現実がどんなにみじめで、辛くても……とりあえずハッピーだから。, トッド・フィリップス監督はインタビューで、最後の病院での笑いだけが、アーサーの本当の笑いだと語っています。それ以外の笑いはすべて、苦しい病気の発作であったり、作り笑いであったり、悲しさや辛さを覆い隠すための仮面の笑いだったわけです。, アーサーはこれまで、いろんなジョーク、いろんな物語を「思いついて」きました。拳銃一つで世間のヒーローになっちゃうジョークとか、美人のおとなりさんとデートするジョークとか、テレビ司会者を殺すジョークとか。, どれもこれも、どうにも上手くいかなかったけれど、最後に来ていよいよ本当に「面白い」と思えるジョークに辿り着いた。, ソーシャルワーカーが「思いついたジョークを聞かせて」と頼んでも、彼はバッサリと切って捨てます。, 辛い現実に耐えかねて、妄想の中に逃げ込んで、もうその中でしか生きられない。そんな悲しい男の悲劇。, 現実は全然違うのに、妄想の中のあれこれを現実だと思って、楽しそうに踊ったり笑ったりしている、変な男の喜劇。, ぺたぺたと続いていく真っ赤な足跡。廊下の向こうに消えたアーサーは、やがて看護人に追われて右に左に逃げ惑います…。, 映像からは、アーサーがソーシャルワーカーを殺し、その血を踏んで逃げ出してきた…ように見えます。, でも、これにしたって本当かどうか怪しいですね。赤いのは血じゃなくてペンキかもしれないし。これ自体がアーサーの悪ふざけ、ジョークかもしれない。またピエロのドタバタ走りしてるしね。, さらに言えば、このシーンこそが「お前には理解できない」ジョークだったかもしれないわけで。, もはや、何が現実で何が妄想かなんて区別できない。アーサー自身にとっても、もう違いなんてないのかもしれない。, ……というような解釈に辿り着いてしまいました。やっぱり、「みんな妄想だった説」が近いでしょうか。, アーサーが母親と暮らしていて、ピエロをしていて、いろいろと上手くいかなくて……という日常生活の描写自体は、基本的に現実だと思うんですが。そこまで全部妄想だと、ソフィーとのことが妄想だったと気づくシーンが意味がわからなくなっちゃいますからね。, でも、地下鉄殺人、トーマスとの対話、テレビ出演、マレー殺し……といったあたりはほぼ妄想じゃないでしょうか。, ペニー殺しとランドル殺しはどうかな…。この2つは、事実だった気がする。拳銃を使ってないし、なんか生々しさを感じるんですよね。……って、いうほどの根拠はないけど。, この2つの殺人を原因として、アーサーは逮捕され、再び過去に収監されていた精神病院に収容された。というのがラストシーンなんじゃないのかな。, 「妄想」と言っちゃうと「夢オチ」みたいで、つまらないと受け取る人もいるみたいですけど、僕はこの辺が全部妄想でも本作の価値が見劣りするとは感じないです。, 人にとって、何が夢か現実かは主観的な問題だから。何が善で何が悪か、何が笑えるか、笑えないかと一緒でね。真に迫った妄想の中で生きるなら、それは別に現実を生きているのと何も違いはない……のかもしれない。, 映画「ジョーカー」の中で我々が見たことはすべて、アーサーにとっては主観的に経験した「事実」なんですよね。, その主観の中での、アーサーの喜びや悲しみ、愛や憎悪や怒りや苦しみはやはり鮮烈に感じられるし、我々の心を動かすものに違いはないと思うのです。, …という解釈にしても今回はたまたまそこに辿り着いただけで、また観れば別の解釈になるかもしれません。, 悲劇でも喜劇でも、現実でも妄想でも、見る角度によっていかようにも変わる。ザッツ・ライフ!ってところでしょうか。, シナトラ・バージョンの「センド・イン・ザ・クラウン」がエンドクレジットで流れます。, 「ジョーカー」 ネタバレ徹底解説その4 妄想と現実の謎を検証 | MOJIの映画レビュー.