ガリレオは天動説を否定するとともに、アリストテレスの物理学も否定して、あらたな物理学を切り拓いたのでした。, しかし、こうしたガリレオの権威を否定する態度が、反対者たちの怒りにふれ、ガリレオは宗教裁判にかけられました。

ガリレオのスケッチは、金星が太陽より外側に行くことを示していたのです。, それでもまだ、天動説の支持者たちは食い下がりました。 エウドクソスの考えた宇宙とは、不動の地球を中心に、同心円ならぬ同心球が何重にもとりまいているというものでした。 (中略)太陽はけっしていかなる影をも見ない。 なぜなら10という数は1+2+3+4の答えであり、特別な数だったからです。 だからたとえば、土のかたまりである石は、真上に投げあげられるとまず、強制力によって上に運動しますが、やがて自然本来の場所である中心へもどろうとして、下へ落ちてきます。, 仮に地球が動くとすれば、地球は土のかたまりなので、その運動は中心からはずれさせようとする強制力のはずです。

またフランスの哲学者モンテーニュのように、どっちだってかまわないと言う人もいました。

ニュートンが天体の運動を説明するさいに使ったのが、万有引力の法則として知られる、たったひとつの方程式です。 こうして古代ギリシアでは、地球がまるいことはひろく知られるようになりました。, またピタゴラス学派は、当時としては画期的な天体説をうちだしていきました。 弦の長さと音の関係を見出したり、整数に神秘的な性格をあたえたり、ピタゴラスの定理から無理数(√2)が出てきそうになると発見した弟子を溺死させたりといったエピソードが伝わっています。 ガリレオの晩年は自宅軟禁でさびしいものだったようです。

こうした風潮によって、人間のいる地球が宇宙の主役であるという信念はゆらいできたのです。 ちょうど高速道路を走っていると、近い山と遠い山で見える角度がしだいに変わってくる現象に似ています。, もし地球が止まっているなら、視差は見えなくて当然です。 プトレマイオスの天動説の特徴は3つ、「周転円」と「離心円」と「エカント」です。 そしてガリレオの反論にはあたらしい物理学、つまり「慣性の法則」という考え方が含まれていました。 こうした思い込みは、つづくアリストテレスやアリスタルコス、プトレマイオスやコペルニクスたちにも引き継がれていきます。, 紀元前4世紀に活躍したアリストテレスは、プラトンの弟子であり、アレクサンドロス大王の家庭教師としても有名です。 「天動説」と「地動説」をめぐる、古代から現代にいたるまでの壮大な歴史。 まさに知の巨人です。 雑学カンパニーは「日常に楽しみを」をテーマに、様々なジャンルの雑学情報を発信しています。, と、今でこそちょっとイラっとされるぐらいで済むこのセリフだけど、大昔、天動説が信じられていたころにこんなことを言ったら、「いや…地球回ってねーし」とひんしゅくものである。, そう、昔は天動説が信じられていて、今は地動説が当たり前になった。これは小学生でも知っていることだが、具体的にいつから天動説でいつから地動説なのか、知らない人って多いんじゃない? 実はけっこう最近まで、天動説が信じられていたりして…。, 太陽が東から登って西へ沈むように、空に輝く星々は刻一刻と動き続けている。この現象がどのようにして起こっているかを考えたとき、はるか昔の人々は以下のふたつの説を挙げた。, 天動説では、地球は公転はおろか自転もせず、完全に固定された状態だ。単純に地球以外の星が地球の周りを回っているから動いて見えるという考え方である。, 地球に住んでいても地球が回っていることなんて体感できないし、科学の発展していない太古の時代では、「見た感じ空が動いてるじゃん」というこの考え方はごく自然なもの。, 紀元前からさまざまな思想家が唱えてきた天動説を研究し、初めて実用レベルに体系化したのが、2世紀ローマの学者・プトレマイオスだった。, ここから1000年以上に渡って、天動説は根拠ある真実として支持されていくのだ。地球が球体だという概念もないので、地図も以下の通り。, いったいアフリカ大陸から伸びてるやつは何なんだろう pic.twitter.com/0MXZKTINBA, — Histrace 世界史ネタbot (@neta_Sekaishi) July 29, 2020, 太陽系のあらゆる惑星が自転と公転をしており、太陽を中心にグルグル周っているというのが地動説。天体望遠鏡などで星の動きを詳細に観測できるようになった今では、常識となっている説だ。, 地動説が唱えられるようになったきっかけは、15世紀半ばから始まった大航海時代にあった。, この時代まで人々はたしかな航海術をもたず、船で行き来できるのは陸の見える近海だけだった。それが方位磁石の登場により、空に浮かぶ星を目印にすることで、人々は陸の見えない大海原に出ることができるようになったのだ。, しかし、その際に利用する星図は天動説に基づいて作られたもので、実際の星の位置とズレが生じることが問題となった。, また1年の計算方法として古来から使われていたユリウス暦も天動説の星の動きから作られたもので、これも長らく使われていくうちに、実際の星の位置と10日ほどのズレが発生していることが問題視されていた。, 大航海時代を境にこういった問題点が浮き彫りになりはじめ、多くの学者たちが熱心に天体を研究するようになった。その流れから、16世紀ポーランドのプトレマイオスという学者が、地動説を提唱するにいたるのだ。, プトレマイオスは、地動説に基づいて1年を365.2425日と考えると、1年経って同じ位置に戻ってくるはずの星の位置がズレないとし、この説の根拠を示した。, これを機に1年の計算方法は地動説基準に見直され、1582年より始まったグレゴリオ暦が現代まで続いている。ちなみに以前使われていたユリウス暦は1年を365.25日としていた。, このほかにもプトレマイオスは、火星の輝き方にも注目した。火星は観るタイミングによって、地球との位置関係から明るさが大きく異なる。, これを地動説で考えると、明るくなったときは地球に火星が近づいたとき、暗くなったときは地球から火星が離れているときと考えられる。しかし天動説だと、地球を中心に周る火星との距離は常に一定だ。, https://twitter.com/Sakura_Saku1218/status/1229853360238383105, うん、たしかに天動説の軌道なら、地球から見た火星が極端に明るくなったり、暗くなったりはしないはず。当時は地動説の概念がないのに、こんな発想どこから思い浮かぶんだよ…。プトレマイオスの頭のなか覗いてみたい。, こんなに緻密な計算がされたうえ、新しい暦としても採用された地動説だが、定着したのは提唱されてから300年以上あとの18世紀ごろの話である。, さすがに1000年以上信じられてきたとあって、天動説はしぶとく、矛盾点を指摘して人々を納得させるのは容易ではなかった。みんなが口をそろえて言った地動説への反論は…, という、引力という言葉を知らない時代ならではのもの。これらの理由が当時の科学では証明できなかったわけだ。, まずは17世紀イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイ。彼は独自に天体望遠鏡を開発し、木星を中心にしてグルグルと周る4つの衛星があることを発見した。, 木星がきれいに見えたので望遠レンズ付けて写真撮ってみた。手持ちでガリレオ衛星撮れた! pic.twitter.com/UpuTvbfoIA, — kataoka hiroshi (@ktokh) August 2, 2020, これを根拠に、地球と月がこの衛星と同じ関係性なら、取り残されちゃうこともないでしょ…ということを説明したわけだ。, また、コペルニクスが火星の明るさの変化に着目したように、ガリレオは観るタイミングによって変わる金星の大きさや満ち欠けにも着目した。, 金星の満ち欠けに最初に気づいたのは、ガリレオ・ガリレイ。いまからおよそ400年も前のこと。天体望遠鏡が天文学を急速に発展させてくれました。彼のスケッチが残っています。 pic.twitter.com/JvSYISRLLn, 極めつけは、リンゴが木から落ちるのを見てひらめいたという、アイザック・ニュートンの万有引力の法則。この法則によって真上に投げた石が同じ場所に落ちてくる理由も、月が動く地球に取り残されない理由も完全に証明されることになる。, 万有引力の法則が提唱されていない時代に、地動説が正しいと唱えるのはたしかに無理があるのかもしれない。しかしそれ以上にこの説が受け入れられなかった背景には、宗教的な理由があった。, というのも、そもそも科学的かどうかより、宗教思想として天動説が人々に根付いていたからだ。, 外部から作用を受けなければ、物体の動きは一定に保たれる…という慣性の法則が当たり前の今でこそ、摩擦もなにもない宇宙空間で惑星が周り続けることも理解できる。, しかしそんな法則を知りもしない大昔の人たちは、惑星が周っている理由を神様の力だと信じた。, 宇宙は神によって作られ、星々は神の力で周っている。そしてその円周運動の中心にあるのは、神の分身である人間の住む地球だという考え方だ。この思想はキリスト教でも正式に認められていたため、ヨーロッパの人たちのあいだでは強固なものだったのである。, 天動説を否定することは、当時としては神の教えを否定することだ。昔の人の宗教思想とは恐ろしいもので、それこそ地動説など唱えようものなら、異端者と見なされ、迫害を免れなかった。, 実際、コペルニクスは迫害を恐れ、25年以上も地動説を発表しようかどうか迷っていたという。結局、悩んでいるあいだに「もう老い先短いな…」という歳になってしまったから、発表したわけだが…。, また、地動説をより確信に近付けようとしたガリレオは、異端裁判にかけられ投獄されている。有名な「それでも地球は回っている!」ってセリフも、今となっては当たり前すぎてまるで笑い話だ。, ここまで何度も触れてきたとおり、地動説は16世紀にコペルニクスが初めて提唱したというのが通説だ。, しかし実はコペルニクスが言い出すよりずーっと前の紀元前280年ごろ、古代ギリシャのアリスタルコスという天文学者が「地球は太陽の周りを周っているひとつの天体である」という、説を唱えたことがあるのだ!, ただこのアリスタルコスの説は、天動説を唱える人が多かったことや、2世紀になってプトレマイオスがそれを体系化したことで完全に忘れられてしまったのである。, 地球が回っているなんて、引力の概念がなければ「いや…回ってるわけないっしょ」となるのが普通だ。しかも宗教の考え方が強固な時代で、それが神の教えといわれれば、なおのことである。, 私たちの周りには、まだまだ科学で証明しきれないことがたくさんある。当たり前だと思っていたあの事実が、数年後にはくつがえっていたなんてこともあるかもしれんないぞ!, 天動説が最初に体系化されたのは紀元前2世紀で、地動説は16世紀に提唱されたものの、定着したのは18世紀ごろなのだ。, このような地動説への反論に対しては、後世の学者たちが時間をかけて根拠を示していったのだ。, 科学者たちの発見によって、ちょっとずつ地動説の信ぴょう性が確立されていったんっすね。, 今の常識からすると考えられないことだが、常識というのは時代に寄って変わるものだからな。, そんな大昔にぶっちぎりの大天才がいたっていうんっすか?!超ヤバい人もいるもんっすね。, 化学はもちろん、歴史というのも時に裏返るものだぞ。昔豊臣秀吉という一人の男がいたといわれていたが、本当は一匹のサルだったってことが最近判明したしな…。.

ニュートンは主著『プリンキピア』のなかで、ガリレオの物理学を発展させて、3つの法則(慣性の法則、運動方程式、作用・反作用の法則)からすべての運動を説明しようとしました。 つまり不動の地球のまわりを、月や太陽、惑星や恒星が円運動していると唱えたのです。, またアリストテレスは、地球における万物の根源は土・水・空気・火の4つであるという4元素説を唱えました。 天体のうごきをより正確に説明しようという試みは、紀元前4世紀以降のことになります。, 紀元前4世紀前半に活躍したプラトンは、ギリシアのアテネにアカデメイアという学園を建て、数学をはじめとしたさまざまな学問を奨励しました。 この点にかんして、当時の地動説は不利な立場でした。 この問題をみごとに解決して、天動説を1500年ものあいだ主役に押しあげたのが、プトレマイオスでした。, プトレマイオスは2世紀の古代ローマ時代に活躍した学者です。 このアリストテレスが古代ギリシアの学問をひとりでまとめあげました。 仏像は中国や日本をはじめ、仏教の国で多く作られてきた。 現在の日本でも仏女など言われ、若い女性の間でも人気になっている。 その中である観音像が美しいと話題なので紹介しよう。 全知全能?美しさと気品を感じる水月観音 仏像とは仏教の信仰対象である仏の姿を表した像だ... 「ジブリの中で何が一番好き?」こんな会話をしたことがあるだろう。 ジブリには多くの作品があり、何を一番にしても自由だ。しかしジブリファンを名乗るならラピュタは1位にしてはいけない。 1位にあげるやつは本当のジブリファンではない。 天空の城ラピュタとは?  ... 手塚治虫氏の代表作であるのが火の鳥だ。 その漫画の中に現れる 不思議な鳥が火の鳥 だ。 普通の鳥とは違う輝きと美しさををもつ鳥だ。 そんな 火の鳥にもモデルになった鳥 がいるという。 それがケツァールだ。. そこでフィロラオスは「中心火」と「対地球」という2つの天体を加えて、宇宙を体系づけたのでした。, しかしフィロラオスの説もまた、惑星の奇妙なうごきや恒星の1年周期での運動(年周運動)をうまく説明することはできませんでした。 ガリレオはいいます。 またガリレオは斜面をころがるボールの実験によって、落体の速さは物体の重さとは関係ないことを示しましたが、この斜面を平面にしたら、摩擦がない場合、ボールはどこまでも等しい速さで直線的に動くだろうと考えました。, これらが中学の理科で習う慣性の法則、つまり「物体に力を加えなければ、静止している物体は静止しつづけ、動いている物体は等速直線運動をつづける」です。 たんなる思いつきや迷信ではありません。 この優位をさらに決定づけたのが、ケプラーと同時代人のガリレオでした。, イタリア生まれのガリレオ=ガリレイは、ケプラーとおなじく、若いころにコペルニクスの地動説と出会いました。 ほかにも主に3つの意義があります。

そしてこれだけ大きくて明るい太陽こそ宇宙の中心であるとして、太陽のまわりを地球や惑星がまわるという太陽中心説(地動説のひとつ)を唱えたのです。, アリスタルコスの太陽中心説は現代のわたしたちの考えととても似ています。